New Japan Initiative Blog – 在米コンサルタント3人が日本人ビジネスパーソンに提言します!


金融業界への無差別攻撃

nori-facenoriです。

今回は、最近のアメリカ動向を見ていて私が気になる点について指摘したいと思います。皆さんもご存知の通り、アメリカ政府と議会は、住宅市場の急落と金融不安を発端としてはじまった深刻な経済全体の停滞(from Wall Street to Main Street)が大恐慌(Great Depression)につながることをどう食い止めるか、かなり激しい議論をしています。先日、ようやく議会では史上最大規模の景気刺激策法案が可決、オバマ大統領が署名しましたが、株式市場の下落は続いており、ダウ平均株価は6年ぶりの下値をつけました。毎日のようにどこかのグローバル企業が大規模なリストラを発表、地域によっては失業率が10%を超え、私の住むカリフォルニア州でも税収の落ち込みから、州政府機関の運営自体に支障ををきたす非常事態がおきています。

このような様子をいろいろなメディアを通じて眺めていて、非常に気になることは資本主義の行き過ぎを嘆くアメリカ市民の意見が非常に多いことです。少数の金持ち、とりわけ金融市場で金儲けをしたとされる金融業界の人々を悪人のように考え、すべての問題の張本人として糾弾しようとする姿勢すら伺えます。(議会でも最大手の金融機関のCEO達を公聴会に呼び、凄まじい剣幕で批判するシーンがありました。)もちろん、人間のごく自然なエモーションとして、自分が抱える問題の原因を他に求めたくなることは理解できます。また、 私自身も以前に米系投資銀行に勤務したことがあるので、金融業界にさまざまな構造的問題があることはよく知っています。しかし、建設的な問題解決を模索するレベルをはるかに超えて、金融業界全体を無差別に攻撃するような意見が出始めていることに、私は危機感を覚えます。

アメリカという国が、デモクラシーを貫き通す姿勢が非常に強いことは事実です。反対意見に耳を傾けようとする、あるいは少なくとも表向きには反対意見を抹消しようとはせず、尊重しようと努力するエネルギーには本当に感心します。(日本社会もこの点は大いに見習うべきでしょう。)しかし、禁酒法や赤狩りを実施したことのあるこの国では、何か重大なこと(例えば国際紛争、経済危機など)がおこった時は逆に、国の大多数が一丸となってその解決を急ごうとするあまり、一方的な議論に走る危険性も多々あります。そして、その流れに逆らう人たちに対して、un-American」というレッテルを貼ってしまうのです。このように、世の中を白黒だけで判断(正義と悪)しようとすると、根本的な問題解決が遅れてしまうことは明らかです。金融業界には改善すべきところがたくさんありますが、だからと言って、あたかも悪人を裁くように過度な規制を課したりすれば、グローバルレベルでの資本主義の長期的停滞、あるいは崩壊を招くことになるでしょう。

今のアメリカは、いろいろな意味で大転換期を迎えています。冷静で良識ある判断と行動をアメリカに促すのは、今でも世界第2位の経済を誇る日本の役割、あるいはチャンスだと思います。Japan PassingとかJapan Nothingなどと言われている場合ではないのです。

皆さんは、一人の日本人ビジネスプロフェッショナルとして、どのようなご意見でしょうか。ぜひシェアしてください。See you soon…



自分が発信しているメッセージ

morio-itozu-photo-1morioです。

ローマでのG7の財務相、中央銀行総裁会議の後の中川前財務大臣の記者会見は、大きな話題になってしまいました。

この記者会見の模様が伝えられると多くの人たちがその記者会見の映像をyoutubeでアクセスして見たそうです。実は私もその一人です。またこのニュースが日本のメディアだけでなく、すぐにアメリカのABC放送のブログで伝えられ、その後いくつかの海外の報道機関で伝えられ、中川前大臣の写真は2月17日のWall Street Journalの第一面を飾っていました。

改めて情報の駆け巡る速さとインパクトのすごさに驚きました。もう内輪で情報を隠すなんて不可能ですし、一度起こってしまえば、将棋の『待った』のように何もなかったことにすることはできません。それだけに自分の発信するメッセージには気をつけなければなりません。とりわけリーダーになればなる程、その重要度合いは増していきます。

私がアメリカに留学した1980年代の半ば、「セルフコントロールができない人は人の上に立つリーダーになれない」と知り合いのアメリカ人が言っていたことを思い出しました。「肥満とお酒を飲んで酔っぱらって醜態を見せることは、自分はセルフコントロールができない人間だということを周りの人々に示すことになり、結果として自分の評価に大いにマイナスになる」と言っていました。だから彼はお酒は飲まない、煙草は吸わない、体を鍛えるためにジムに行くということでした。どこまで彼が本気だったのかは分かりませんでしたが、日本人の私はそこまで厳しく考えなければいけないのと驚いたものでした。今回の中川前大臣の記者会見の様子を見ているとそんな昔の話を思い出しました。

今回の出来事から学ぶことはいろいろあると思いますが、どのように自分自身をまわりにプレゼンテーションしているのかに気づくことが重要だと思います。発言の内容はもちろんこと、立ち振る舞いや態度、口調が改めて大事であると再認識しました。特に自分が無意識のうちに自分の態度や立ち振る舞いからどんなメッセージをまわりの人たちに発信しているのかに気づくことが大切だと思います。そして意識して自分が伝えたいメッセージが誤解なく相手に伝わるような適切な言葉、口調、立ち振る舞いを選ばないといけないと思います。

中川前大臣にどのような事情があったかはわかりませんが、自分の態度や行動がまわりからどんなreactionを受けるのか、もう少し注意されていたらこのような状況は避けられたのではないかと思います。あのような姿を多くの人々が見た後では、取り返しのできない状況になってしまいます。今回のできごとは反面教師として、自分のcredibilityや価値を高め、信頼感を勝ち取るにはどうしたらよいかを学んだような気がします。

しかもグローバル化が進む今の社会では、今まで自分の会社や組織、日本の常識ではOKでも、海外の人たちから見るとネガティブに受けとられるメッセージを自分が無意識のうちに発信している危険は高まります。

まずは、自分が無意識のうちにまわりに発信しているメッセージにはどんなものがあるか、気づくことから始めたいと思います。



マネージャーとリーダーの違い

masaki-astd

masakiです。

またまたWall Street Journalの2月9日号からです。この経済危機で、多くの企業が  雇用調整をする中、リーダーシップトレーニングの需要が伸びているそうです。Philips Electronics, Estee Lauder, Canon USAなどの名前が上げられていました。理由は、力のあるマネージャーが企業再生を牽引すると信じているからだそうです。

はてさて、この記事ではマネージャーリーダーを同じ者として扱っておりますが、果たして同じ性質のものなのでしょうか。私が思うに、マネージャーは数字に裏付けられた経済合理性にかなった判断を基に部下を管理する者。リーダーは、まわりを巻き込み、モーチベーションを上げ、ローヤルティーを育て、クリエイティヴィティーを促し成果につなげる者だと思うのですが。

皆さんは、 マネージャーリーダーの違い、どうお考えですか?



「Being」変革

nori-facenoriです。

今回は前回の続きとして、グローバル化2.0はあなたにどのような変革を求めるのか、考えていきたいと思います。

まずはひとつの命題を提言します。これはこのブログの信念にも深く関わっている点です。つまり、現在進行しているグローバル化2.0は、

あなたのDoing(目に見える行動、observable behaviors)だけではなく、 一人の日本人ビジネスパーソンとしてのBeing(価値観、判断基準、物事の捉え方などを基にした在り方)をも変革することを要求している、

ということです。

前回お話しした通り、グローバル化2.0の進行は企業のアイデンティティ(corporate identity)やカルチャーを変えるのみならず、あなた自身のビジネス人生を必然的に変えていきます。例えば、あなたが日本で日本の会社に勤めているとしても、すぐ隣の席に座っている上司や同僚、あるいは部下が日本人ではないという状況が増えるとしたら、あなたの職場はどう変わり、その変化はあなたのパフォーマンスにどのように影響するでしょうか。

当然のことながら、まずは言語の問題があるでしょう。しかし、仮にあなたが日常レベルでの言語の問題を乗り越えたとしても、 より重要なチャレンジに直面します。それは、これまで日本人同士ならごく当たり前と考えていた物事の捉え方や判断基準(Beingの領域)が共有されず、それが原因で誤解や二度手間が増え(Doingにおける影響)、業務の生産性が低下するといった経営問題に発展する可能性があるということです。

頻繁に指摘される例のひとつは、時間的基準(time orientation)の違いです。私もよく相談されることですが、日本人の営業担当者が顧客との商談の進捗状況を報告する際に、各ステップを完了するのに不必要に長い時間をかけているとの印象をアメリカ人の上司に持たれてしまい、Doingの改善、つまりもっと危機感をもって行動するよう(”a sense of urgency”)求められたり、より頻繁な商談報告を課されることがあります。上下が逆になった場合、日本人の上司がアメリカ人の部下の報告を聞いていると、軽率な行動をとっているように感じられ、Doingの改善、つまりもっと深い分析をするよう要求するケースがあるわけです。このような傾向には、”Time is money”という基準(短期的ゲイン指向)と、「せいてはことを為損じる」という基準(長期的ゲイン指向)の違いが影響していると考えられます。(他の要因もありますが、ここでは意図的に単純化します。)いずれのケースでも、Doingだけにフォーカスした解決策では不十分で、場合によっては問題を悪化させることもあります。

これらの時間的基準にはそれぞれメリットがあり、どの国や文化のビジネスにおいてもその両方が必要で、どちらかがより優れているというものではありません。また、国ごとのステレオタイプ(日本は長期的指向、アメリカは短期的指向といった単純な捉え方)をむやみに強調することは乱暴であり、本質を見逃す危険もあります。さらに、国や文化というよりも個人の差が大きく影響することもあり、日本人同士の間でもさまざまな認識のズレや誤解が日常茶飯事のように生じるわけです。しかし、日本人同士の場合は共有しているBeingの範囲が比較的広いため、問題が深刻化する前にDoingの部分で解決できる場合が多いのも事実です。それに対してグローバル化2.0における職場の変化は、Doingの変革だけでは解決しきれない根本的な課題を常に内包しており、我々にBeingの変革を要求しているといえます。

では、グローバル化2.0において必要不可欠なBeing変革とは、どのようなものでしょうか。それは次の機会に。See you soon…



グローバル化 2.0

noriです。

急激に進むビジネスのグローバル化は、あなたにどのような能力やスキルを要求しているのでしょうか。

仕事柄、私は顧客からこのような質問をよくされます。多くの専門家の意見をまとめると、変化に素早く対応する力、意思決定能力、優れた影響力と説得力、多岐におよぶ複雑なデータを分析するスキル、リスク管理能力、そしてこのブログのmorioさんが指摘する聞くスキルなどがあげられるでしょう 。もちろん、私も共鳴するところですし、これからのリーダーには必要なスキルや能力であり、グローバル化に伴いそれらの重要性は飛躍的に高まっていると思います。このブログでも今後、各論については議論していきたいと考えています。

ただしその議論をはじめる前に、グローバル化について簡単に整理するべきでしょう。言うまでもなく、今のグローバル化は70年代や80年代に注目された国際化とは明らかに違います。当時の日本企業の経営陣は、自社製品の市場シェア拡大を最大の課題とし、海外進出を積極的におこないました。特に80年代になってアメリカとの貿易摩擦が深刻化すると、直接投資を増やすことによって海外での生産拠点を競い合って設立し、現地で大量に採用した外国人を管理する体制を築きました。これをグローバル化1.0と呼ぶならば、現在進行しているのはグローバル化2.0とでも呼ぶべきものです。市場の自由化やITの急速な発展、新興国の台頭などによって大競争時代が到来し、日本企業の最大の課題はもはや単なる輸出増加やシェア拡大ではなく、購買、製造、販売、研究、財務、IT、人事までを含めた根本的かつ総合的なグローバル経営戦略の構築と遂行に発展したといえます。(最近の日本企業による外国企業買収や合併は、この点を如実に表しています。)つまりそれは、組織体制のみならず、企業自体の存在価値コーポレートカルチャーをいかに変革できるかという問題を日本企業に提示しているのです。

わかりやすい例をあげますと、これまで一方的に日本人社員(幹部や技術者など)を海外拠点に送り込んできた企業では、最近になって現地採用した外国人を日本の本社の経営陣に招いたり、外国人技能者や研究者を日本で直接採用することをはじめています。これはグローバル化2.0のひとつの特徴であり、所属部門を問わず、同じ企業で働く部下、同僚、そして上司たちが自分とは国籍、人種、文化、そして人生観が違うという状況が日本国内においても増えることを意味します。これは日本の労働人口減少という社会的問題とも相まって、今後の日本のビジネス界を激変させ、日本企業の存在価値を揺さぶることになるでしょう。

このような変化は、企業のアイデンティティー(corporate identity)やカルチャーを変えるのみならず、あなた自身のビジネス人生をも必然的に変えていきます。それでは、グローバル化2.0はあなたにどのような変革を求めるのか、次回はそのことについて考えてみます。See you soon…